久間防衛相発言への所感

久間防衛相が講演で「原爆が落とされたのはしょうがないと思っている」と発言したことで、一部の人々から非難を浴びている件について。

久間防衛相の発言要旨 「原爆投下しょうがない」 (福井新聞)

日本が戦後、ドイツのように東西で仕切られなくて済んだのはソ連が(日本に)侵略しなかった点がある。当時、ソ連は参戦の準備をしていた。米国はソ連に参戦してほしくなかった。日本との戦争に勝つのは分かっているのに日本はしぶとい。しぶといとソ連が出てくる可能性がある。日本が負けると分かっているのにあえて原爆を広島と長崎に落とし、終戦になった。長崎に落とすことによって、ここまでやったら日本も降参するだろうと。そうすればソ連の参戦を止めることができると(原爆投下を)やった。幸いに北海道が占領されずに済んだが、間違うと北海道がソ連に取られてしまった。その当時の日本なら取られて何もする方法がない。長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない。勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るのかなということも頭に入れながら考えなければいけない。

私も、先の大戦での原爆投下はある意味でしょうがなかったと思っています。その意味で久間氏には基本的に同感です。ただし、そう考える理由をソ連に求めるのは少々如何なものかと思います。原爆投下が無かったらソ連が北海道を占領したかどうか断言はできないと思いますし、原爆投下無しでも日本が降伏して戦争が終結していた可能性も僅かにあったと思われるからです。

私自身が原爆投下をしょうがないと思う理由は、次の2点です。

  1. 負け戦では、何をされても文句は言えない面がある。勝ち目の薄い対米戦争を開始・継続した当時の日本政府が悪い。
  2. 当時の世界は原爆の実地使用未経験で、威力を実感していた人が希少だった。

久間氏の真意も、当時の日本政府批判にあるのでしょう。であるならば、今回の発言は私にとってはほぼ無問題です。選挙前に誤解されやすい発言を行ったという意味では失言かも知れませんが、内容的には妥当だと思います。

なお、「久間発言核兵器廃絶と矛盾する」という批判が野党や被爆地の人々から挙がっているようですが、ハッキリ言って筋が通らぬ批判です。過去の被爆を“しょうがない”と評価することと、未来の核使用を厳重否定することは矛盾しません。