中国進出の可否は企業自身が決めるべきこと

12月25日のエントリで言及した文芸春秋社の「諸君!」2月号の「中国に物言えぬ財界人よ 「社益」を排し「国益」を直視せよ」という記事について書きます*1中嶋嶺雄国際教養大学学長)氏と中條高徳日本国際青年文化協会会長)の対談記事。


朝日新聞社の「論座*2の2月号には、中国進出企業の経済人(つまり当事者)による対談記事も載っていたので、こちらも参照しながら書いていきます。


まず、自由主義経済そのものを否定するかのようなタイトルに呆れました。企業が自らの利益を最優先するのは当然。とは言え、中嶋氏や中條氏のいう「国益」が理に適ったものであれば「国益優先」もあり得るのですが、以下の通り、私にはそうは思えませんでした。


まず、「諸君!」記事の最初の司会者発言から引用。

(司会者):歴史問題をテコとした中国の圧力は、政治、外交ばかりか、経済の領域にも及んでいます、「政冷経熱」などと言いますが、ここ数年、反日暴動で日本企業が襲われたり、取引の上で不利な立場に追い込まれたり、といったケースが相次いで報告されています。

さほど間違ったことは書かれていませんが、「相次いで」という表現が使われている辺りに、「日中経済関係は良くない」と印象付けたいという意図を感じます。実際はどうだったのでしょうか? 「論座」グループの人々の発言を要約してみます。

  • 金子肇氏(NEC):一部代理店が日本製携帯端末を排斥したり、満足な宣伝ができないなど、多少の影響が出た。日常生活では全く不安な面はない。
  • 仲野徹氏(野村證券):顧客の日本企業の中国進出が様子見。日本人観光客が減ってホテル経営には影響
  • 武田勝年氏(三菱商事):日常の業務で「困った」ことはほとんどない

反日暴動の影響の大きさは、企業の業種その他の要因で変わるようです。モノを作る会社は影響を受ける可能性が高い一方、商社は影響を受けにくいのでしょうか。いずれにしても、「論座」に登場した企業にとって、中国からの“圧力”はさほど大したことはなかったようです。


一方、「諸君!」に登場する中條孝徳氏は、中国から目の敵にされた経験を持っています。

中條:私もアサヒビール名誉顧問という肩書きを持っていて、「新しい歴史教科書をつくる会」の賛同者でもあったものだから、中国から目の敵にされてしまいましたよ。そのせいで、ひところは「アサヒビールを飲むな、買うな」というボイコットの標的にされました。

つくる会」の歴史認識を支持しようものなら、徹底的に嫌われるのは当然です。こんな特殊ケースは参考になりません。もっとも、顧問の歴史観を理由に不買運動を起こすことは、日本の基準からすれば非常識だとは言えるかも知れません。しかし、相手は思想も体制も異なる国なので、仕方がないと思います。相手国の思想や文化を熟知し、十分に配慮しないことには、対外経済活動などできません。


さて、中條氏が考える「国益」とは何でしょうか?

中條:企業が頑張って資産を築き上げる。その資産は誰が守るのか。現代は、それぞれの企業が世界に分散して、グローバルな経済活動を行っています。しかし、最終的に、そうした企業の資産を守るのは、今でもやはり国家にほかなりません。国家がしっかりしていなければ、築き上げた資産、人々が享受している豊かさは砂の白の如きものに過ぎない。これは六十年前の戦争の尊い犠牲から、我々が学び取った貴重な教訓であったはずです。 私は陸軍士官学校の生徒として終戦を迎えましたが、戦前、戦中と、私の先輩にあたる世代の多くが日本から満洲に渡りました。そこでは、今、日本企業が中国などで展開しているような経済活動が営まれ、満洲の地に工場やインフラなどの設備投資を行ってきました。それが、昭和二十年八月九日、日ソ中立条約を一方的に破棄して進入したソ連軍によって、一挙に奪われてしまったのです。満洲に住む多くの日本人が、必死な思いで国に助けを求めました。が、築き上げた資産はおろか、多くの命さえも失われてしまった。
 私が、「首相の靖国参拝は、日中の経済協力の邪魔になる」という経営者の皆さんに言いたいのは、このもっとも基本的な認識を忘れないでほしい、ということです。

前半、「最終的に企業の資産を守るのは国家、国家がしっかりしていなければならない」というところまでは同意。しかし、それが首相の靖国参拝につながるところに大いなる飛躍を感じます。この人は「首相が靖国参拝しなければ国は成り立たない」と考えているようです。西尾幹二氏のようなタイプの靖国大好き人間。私には全く理解できない思想です。


しかも、満州を持ち出すのはピント外れ。何故なら、現在の対中投資は純粋な対外投資である一方、満州は日本の傀儡国家(捉え方によっては日本が侵略した土地)への投資。昔の日本企業が満州でひどい目に遭ったのだから、現在の中国進出企業もそうなる可能性があるよ、と言いたいのかも知れませんが、状況が根本的に異なるのですから、比較はナンセンスです。


おそらく、中條氏の言う「国益」では、大半の企業人は動かないでしょう。


この後の「諸君!」記事は、典型的な靖国大好き反中保守の主張が続きます。「中国は日本の国論分断を目論んでいる」とか「靖国参拝への言い掛かりは許せない」などなど。経済とはほぼ無関係。日本の経営者に中国を嫌って欲しいのでしょうか?


中国経済が様々なリスクを抱えていることは確かです。環境汚染は深刻ですし、バブルがはじける可能性は十分にあります。中條氏らの「諸君!」グループは最終的に中共の現体制は崩壊するとの予測も披露していますが、確たる根拠はありません(おそらく願望の産物でしょう)。しかも、現在中国に投資している企業はリスクを承知の上で、それでも利があると判断しているのです*3。それなのに、なぜ中條氏は日本企業の足を引っ張ろうとするのでしょうか? ひょっとして、日本の投資によって反日国家・中国の経済が活性化するのが嫌なのでしょうか? 記事の締めの台詞は暗示的です。

中條:もし日本が少しインドに重心を移したら、バランス・オブ・パワーからいっても、中国はおのずと態度を変えますよ。

結局、中條氏は中国の反日的態度が気に入らないようです。それ自体は個人の思想の自由ですが、そんな理由で企業の利潤機会を奪おうとする姿勢の方が、余程国益に反すると思います*4


最後に、「論座」の方から少々引用します。JETRO北京センター副所長の真家陽一氏の発言です。

JETROが行ったアンケート調査によると、BRICSと呼ばれる国々のうち、ブラジル、ロシア、インドは「現地に関する正確な情報の不足」が最大のリスク要因となっていますが、中国の場合、例えば日本の本屋さんに行けば、ありとあらゆる情報が読みきれないくらい、色々な形で本や雑誌にあふれています。

つまり、中国から他の国へシフトしようと思っても、それはそれで情報収集のコストが掛かるのです。また、中国関連情報が溢れているということは、リスクの性質や状態も把握しやすいので、たとえリスクが大きくても対処可能、という判断もあり得るでしょう。いずれにしても、各企業が自主的に判断すれば良いことだと思います。

*1:カテゴリを「外交」にするのはどうかとも思いましたが、経済的な対外関係ということで広義の「外交」と解釈します

*2:「諸君!」とは色々な意味で正反対ですな

*3:尤も、リスク分散等の意味をこめて、中国以外の国にも投資しておこうとする動きが出てきています。「チャイナ・プラス・ワン」です。

*4:ちなみに、日本が経済的に中国と距離を置いたとしても、靖国歴史観への批判は無くならないと思いますよ