天皇誕生日の翌日

昨日の天皇誕生日記念を兼ねて。


今年の6月頃、岩見隆夫『陛下の御質問―昭和天皇と戦後政治』(文春文庫)を読了しました。当時はここは未開設。メインブログに書いた感想を、ほぼそのままこちらに転載しておきます。政治系ブログに相応しい内容なので。

陛下の御質問―昭和天皇と戦後政治 (文春文庫)

陛下の御質問―昭和天皇と戦後政治 (文春文庫)

個人的には、今年一番の興味深い読書になることでしょう。戦後史の真実の一面と、昭和天皇の尊敬すべき人柄が伝わってきます。


印象に残る箇所はたくさんあります。昭和天皇の中国観に関する部分は、既に先日のエントリ昭和天皇の歴史認識で触れました。ここでは、それに関連して、昭和天皇靖国神社観が垣間見える部分をとりあげます。


1985年8月15日、当時の中曽根首相は首相としてはじめて靖国神社に“公式参拝”しましたが、中国からの抗議に配慮して翌年の参拝は中止しました。更に、「日韓併合は韓国にも責任がある」と発言した藤尾文部大臣を罷免。これらの措置により、中曽根氏は一部の右翼団体から非難されていました。この頃のエピソードについて、少々引用します。
就任したばかりの土井たか子社会党委員長は代表質問で、
靖国神社公式参拝をとりやめたことや藤尾前文相を罷免したことに敬意を表するが、これら一連の措置に首相の責任はないのか」
と追求、中曽根はこう答えた。
靖国問題ではその後いわゆるA級戦犯合祀の問題が惹起された。やはり日本は近隣諸国との友好協力を増進しないと生きていけない国である。日本人の死生観、国民感情、主権と独立、内政不干渉は厳然と守らなければならないが、国際関係において、わが国だけの考え方が通用すると考えるのは危険だ。アジアから孤立したら、果たして英霊が喜ぶだろうか。孤立して喜ぶのはどこか、外交戦略としても考える必要がある。藤尾問題は、現職大臣の発言として部分的に妥当を欠き、日本の立場に重大な疑惑を生じる恐れがあると判断し、解任した。遺憾な事態だったが、アジア各国に対する友好姿勢は一貫しており、変わることはない」
まもなく、富田朝彦宮内庁長官から中曽根のもとに、天皇の伝言がもたらされた。
靖国の問題などの処置はきわめて適切であった、よくやった、そういう気持ちを伝えなさい、と陛下から言われております」
一件落着したあとに、天皇が価値判断を加えた感想をもらされるのを、政治的にどうみるか。議論のあるところかもしれないが、中曽根は
「そういうお気持ちを持たれたのは、中国、韓国に対する贖罪感がお強いということで、良心的で潔癖な方だったことが分かる」
と述べた。
1986年の中曽根氏の参拝とりやめについて、最近は「中国に外交カードを与えた失政」と評価する人も居るようです*1。一方、私は、参拝を強行した場合に想定される日中関係悪化のリスクを重視した中曽根氏の判断は適切だったと思っています*2


それはともかく、憲法上は非政治的存在である天皇ですが、偶に政治的な発言が垣間見えます*3。『陛下のご質問』には昭和天皇によるこの種の発言が多数収録されていますが、本の内容から判断する限り、いずれもほぼ国益に適う発言だと思いました。

*1:id:dslender:20051203#p2に書いた通り、私は「外交カード論」は好きではないですし、政権中枢に近い人が口にすべきでは無いと思っています

*2:関連しているメインブログのエントリ:中曽根氏が靖国参拝中止を促す

*3:今の天皇陛下の場合、先年の「国旗国歌の強制は望ましくない」が好例