安倍晋三と周恩来

10月7日の毎日新聞岩見隆夫「近聞遠見」が印象に残りました。安倍首相が対中外交を無難にこなしたことを評価すると同時に、中国との慎重な付き合いを促す記事。

近聞遠見:35年前、周恩来の「日本観」=岩見隆夫

かつての周恩来首相と米国のキッシンジャー氏との会談について書いた部分を引用します。二人とも親日的人物として知られていますが、本音の対日感情は必ずしも無条件の好意ではなかったようです。

 中国の日本認識を知る一つの手がかりは、34年前、日中国交正常化のころの周恩来首相(以下、周)の発言にある。周は前年、中国を2度極秘訪問したキッシンジャー米大統領特別補佐官と通算14回も会談を重ねた。71年10月22日、人民大会堂での会談で、周が、

「では、日本について議論を始めましょう」

と促す場面がある。(「周恩来 キッシンジャー機密会談録」04年、岩波書店刊)

 周は日本経済の発展がいかに海外に矛盾を与えるかを延々と述べたあと、キ補佐官の見解を求めた。以下、2人のやりとり−−。

 キ「ホワイトハウスの見解だが、中国と日本を対比すると、中国には伝統に由来する普遍的な視点がある。しかし、日本の視点は偏狭だ」

 周「彼らはより偏狭で、それも奇妙です。島国の集団だ」

 キ「日本人の社会はとても特異で、それゆえ、日本人は唐突に爆発的な変化を遂げることができる。彼らは封建制度から天皇崇拝へ2、3年で移行した。天皇崇拝から民主主義へ3カ月で移行した」

 周「いまや彼らは再び、天皇崇拝へ逆戻りしようとしている。天皇に会われたことがあるか」

 キ「ええ、(天皇の訪欧途上の)アラスカで」

 周「とても複雑な人物ですね」

 キ「とても複雑な人物で、真に心からの会話ではなかった」

 日本の特異性について、さらに2人のやりとりが続き、共通認識を確認し合った。日本の核武装でも、

 キ「非常に迅速に作る能力を持っている」

 周「あり得ることだ」

と息を合わせた。

「日本はアメリカの制御がなければ暴れ馬だ。いたるところでです」

とも周は述べている。

 周は日中国交正常化を成功に導いた功労者で、日本に理解の深い大政治家、と日本では好感と高い評価を得てきた。そのことに間違いはない。

 だが、一方では、機密会談録で明らかなように、日本を相当懐疑的にみていることも確かだった。時を経て胡錦濤時代になっても、似たものだろう。

 偏見だ、と言いたい気持ちもあるが、そう見られて仕方ない面もある。相手の胸のうちを腹に据え、立ち向かってもらいたい。老婆心ながら。

周恩来といえば、日中のみならず米中関係の改善にも大いに寄与した偉大な政治家だと思っています。彼が本音では日本を懐疑的に見ていたことが事実ならば、私の周恩来に対する評価はますます高まりますよ。

一般に、政治や外交は、本音や感情だけでは巧くいかないことが多いものです。時には私心を抑えて事に当たる器量が必要。警戒心を露にせずに日中国交回復を成し遂げた周恩来氏は、明らかにそのような能力に長けていたことになります。

翻って、現在の日本の首相の安倍氏に関し、首相就任以前と以後の発言が食い違っている*1ことへの批判の声があるようです。「変節」と揶揄する人も居るようです。しかし、この程度の食い違いは批判する理由にならないと思います。「私的な主張」と「首相としての立場」が異なるのは全く不思議なことではないからです。

そういえば、かつて森喜朗氏が「安倍さんは小泉さん以上に靖国関係を上手く処理するだろう」と発言したことを思い出しました*2安倍氏を良く知らなかった当時の私にはピンと来ない発言でしたが、今思えば、森氏の人物評は相当的確だったのかも知れません。

ともかく、安倍首相に対する最終的な評価を下せるのはもう少し先の話でしょう。彼に批判的な人々がいう通り、単なる軟弱者なのかも知れません。しかし、国会答弁において、従来の自論と異なる内容であっても表情を変えずに堂々と発言する姿を見るに、ひょっとしたら、強かさでは周恩来に匹敵するかも知れないとも感じられるのです。

*1:首相の靖国参拝の是非などについて

*2:id:dslender:20060113#p2